漢語語彙概論(初等国語講義)資料



次のような漢字・漢語に関する質問はどのように処理したらよいのだろう? 

                         以下の a〜l の答例 

    a 「一期一会」を「いっきいっかい」と読むと、なぜ間違いだと言われるの?

    b 「景気」って何? どうして「景」と「気」を書くの?(「景」って何?)

    c 「持」という字は、なぜ手偏に「寺」を書くの?(「寺」とどう関係がある?或いは、ない?d 「あいさつ」は漢字で「挨拶」と書くけれども、「挨」と「拶」はそれぞれどんな意味?

    e 漢字の音読みの数(知っておかなければいけない数)は一体どのくらいあるの?

    f 和語の中に、「船・舟」「歳・年」「視・見」「聴・聞」「目・眼」「足・脚」……等のように、
     同じ訓読みの異った字が有るのはなぜ?

    g 旁(つくり)に「青」のつく漢字の音読みは、すべて「セイ」と読んでいいの?

    h 「墓、暮、幕」など、字のなかに「莫」が入っている漢字には、みな隠す意味が有るってほんと?
      (ほかにも「募慕模膜獏漠」等があるけれども、これらもそう?)

    i 漢和辞典に女偏は有るのに、なぜ男偏はないの?

    j 漢字に音読みと訓読みが有るのはなぜ?ついでに、音読みにも呉音とか漢音とかが有るのはなぜ?

    k 次の漢語の造語構造や成立事情はどうなっているの? 例えば「若干」 
       若干 一般 不況 景気 市況 金融 融資 融通 影響 情報 規模 注文 面倒
       航空 処理 観光 光景 景色 気象 管轄  所轄 葡萄 枇杷 琵琶 水準 予断
       検討 契機 郵便 事故 条例 点検 点呼 経験 奇跡 候補 準備 不倫 条件
       福祉 制度 珈琲 椅子 帽子 世界 結果 途中 環境 快諾 偶然 未遂 臨界
       美化 仕事 ……

    l 次の語もすべて漢語なの?
       天 地 脳 情 蝶 蜜 愛 三 説 胃 腸 罰 党 欲 肉 文 別 法 線 県
       例 礼 論 鵜 量 案 餡 菊 軸 辺 利 ……

漢語語彙概論講義資料
   @漢語の造語構造
      並  列  関 係 ・・・根本 言語 把握 可能 偉大 孤独 首脳
      修飾被修飾語関係 ・・・電灯 目的 緑茶 軽視 公演 誤解 熱愛
      述語 目的語 関係 ・・・行政 屏風 避難 冒険 努力 到底 航空
      述語 補語 関係 ・・・治安 合同 矯正 改善 説明 餓死 溺死
                  通知 破壊 震動 平定 撃破 脱落 圧縮
      主語 述語 関係 ・・・地震 雷鳴 日蝕 日没 秋分 風流 電流
                  冬至 頭痛 脈搏 便秘 体験 国有 雪崩
      ※1並列関係の組合せには、同義・類義語の場合と、反義(対義)語の場合とがある。
      ※2述語補語関係は、日本語を母語とする者には分かりにくい。
      ※3造語構造が分かると、漢字文化圏に輸出できる漢語を造ることができる。明治の和製
        漢語は、これらの規則に則って造語されていたので、中国本国で逆輸入された。

   A上の@の分類にあてはめにくい漢語は、以下のようにも処理できる。
      接頭語 …… 可憐 第一 被告 被害 所得 所有 非常 非凡 不法 不利 不況
             以前 以後 以上 以東 未遂…… (「助字」「虚辞」と結合している)
      接尾語 …… 帽子 椅子 作家 画家 読者 弱者 学者 歌手 助手 可能性
             創造性 電化 美化 全然 当然 親切 懇切 高度 密度 濃度 
      比 喩 …… 鳥瞰 鼎立 氷解 瓦解 粉砕 水平 水銀 ……(広義では主述関係あるい
             は修飾被修飾語関係に含まれる)
      畳 語 …… 茫々 悠々 遅々 脈々 堂々 津々 森々 洋々 
      双 声 …… 彷彿 躊躇 拮抗 匍匐 恍惚 憔悴 邂逅 慷慨 
      畳 韻 …… 逍遥 従容 彷徨 徘徊 齷齪 連綿 混沌 散漫 朦朧 慇懃
      ※1畳語・双声語・畳韻語は、オノマトペ(擬態語・擬音語)として扱う。
      ※2接尾語の中の「弱者」等の「―者」は、訓読みでは「もの」となり、自立語として扱われて
       しまうが、漢語語法上の機能から言うと、やはり助字や虚辞の類であり、付属語として扱われる。

   B重箱読み・湯桶読みは「混種語」として処理する。
      秋空 取引 見方 大幅 間近 屋根 仲間 花火 辛口 右手 手紙 渋柿 ……
      株価 場所 切符 雨具 掛軸 油絵 役場 両替 団子 ……

   C視聴覚 不動産 能天気 扁平足 夜尿症 放火魔 駄洒落 破廉恥 胃下垂 ……
    などの三字熟語(復音節漢語)の造語構造は、基本的には二字熟語の造語構造に準ずる。
    参考文献としては、嘉納喜光『辞書が教えない三字熟語』(講談社)がある。

   Dシルクロード経由と言われている外来語(音訳語)の成立事情
      葡萄 菠薐(草) 枇杷 石榴 駱駝 臙脂 瑠璃 ……
      胡麻 胡桃 胡瓜 胡椒 胡散 胡坐 ……
      ※漢語中の外来語は、このDからGにより処理する。

   E仏教用語(音訳語・意訳語)の成立事情(なお、サンスクリットの綴りは完全ではありません。)
      佛陀Buddha 卒塔婆stupa(tupa→塔t'ap) 和尚(←烏波駄耶upadhyaya)
      檀那(旦那)tana 瑜伽yoga 慈悲karuna 因縁(『史記』)hetupratyaya 因果
      煩悩klesa 平等samata 円満parisphata 方便aupayika 世界lokadhatu 現在pratyutpanna
      虚仮 我慢 宿命 道具 兎角 懺悔ksamayati 彼岸para ……
      頻婆羅vimbara(bimbara)〔→頻婆bilba→頻果(頻婆の果実)→苹果(中pingguo)
      →林檎(日linkin→lingo)
      ※「夏至」と「冬至」を比較すると、「夏至」の方はなぜ呉音なのか?また、「至」の音読みは
        「シ」のはずなのに、なぜ「冬至」の方は濁るのか?平安時代に博士家が漢音を奨励した際、
        佛家は依然として呉音を用いたため、陰陽師が用いていたものや一般化してよく使われていた
        ものの中には、呉音で定着したものがあるらしい。中国語としての語尾が「―m」「―n」「―ng」
        で終わるものは、連濁現象を起こす。

   F西欧語からの翻訳語(音訳語・意訳語)の成立事情
      絡日伽logics 額各諾靡加economics 薄利第加politics 斐西加physics 幾何geometry
      葛郎瑪grammar 徳律風telephone 徳謨克拉西democracy ……
      加非(珈琲)瓦斯 倶楽部 基督 檸檬 繃帯(包帯) ……

   G日本語(和製漢語)からの逆輸入語の成立事情
      education 得天下英才而教育之、三楽也(『孟子』尽心・上)→教育
      culture 凡武之興、爲不服也。文化不改、然後加誅(『説苑』)→文化
      content →内容  absolute →絶対  study →研究 ……
      革命(『易』) 文学(『論語』) 藝術(『後漢書』) 封建(『左傳』) 機械(『荘子』)
      演説(『書』) 同志(『国語』) 精神(『荘子』) 具体(『孟子』) 専制(『韓非子』)
      社会(『東京夢華録』) 労動(『荘子』) 環境(『元史』) 保険(『隋書』) 経済(『晋書』)
      意味(『程伊川先生集』) …… 手続 取締 見習 ……

   H漢字の「音読み」の「音(漢語音)」は、どのような要素から出来ているのか?
      例えば「宇」、「衛」、「央」、「火」、「金」、「水」、「木」、……の音読みを、それぞれローマ字
      で表記してみて気づくことは?
      ※「金(kin)」のように韻母に「―n」を含む語は「陽声韻」と言う。その他の母音で終わる語は「陰声韻」と言う。

   I漢語音には日本語の平仮名の五十音図のような体系は無いのか?(漢語音節表の原始的な原理)
      \ φ k s t n h m r w …
      a 阿 加 左 太 奈 波 麻 羅 …
      ai 哀 解 才 体 内 杯 毎 …
      an 安 感 三 単 難 反 …
      ak 悪 各 作 宅 φ …[ ]←ここには例えばどのような漢語(漢字)が入る?
      at 圧 割 札 達 …
       i 胃 気 子 …
      io 与 居 …
      iou 用 …
      : …

   J漢字音に注目してみて、あらためて見えてくることは?
      ※北京大学の劉師培は、「火・水・木・金・土」(の音読み)は、なぜ ka・sui・mok・kin・do と発音するように
       なったのだろうかとの疑問を抱いた。

   K「日・月」(の音読み)は、それぞれなぜ jit・get と発音するのか?→「実・日」「昵・日」「欠・月」

   L「佳・嘉」「段・断」「突・凸」「若・弱」「得・徳」「長・腸」「雄・熊」「円・縁」「字・滋」
    「飛・非」「木・目」……という組合せを見て気づくことは?→右文説の応用

   M漢字の偏旁は右文説に基づいて説明する。
       漢和辞典の字音索引の、例えば ka・sei・sen・ji の項からは、それぞれ「可何河苛呵珂柯荷哥渮舸訶軻彁歌謌」
       ・「青倩情清菁晴靖睛精蜻請錆靜(静)瀞鯖」・「戔淺(浅)棧(桟)牋盞箋綫賤踐錢餞濺」
       ・「寺侍持峙恃時痔畤蒔塒詩」など、概念の似た漢字ファミリーを集めることが出来る。
      ※ka は屈曲するさまを、sei は澄んださまを、sen は薄っぺらなさまを、ji はジっと保つさまを、
       それぞれ表わす(これら「右文説」に関する参考文献は、藤堂明保『漢字語源辞典』學燈社など)。